しあわせ方程式の再定義

わたしたちがしようとしているのは、
そういうことなのかもしれない。

お金がかかるか、かからないか、
というのは最優先課題ではなく、

この社会のなかで、
どういう働きかた、暮らしかた、家族を築けばしあわせなのか、
ということ、冒険している。

サラリーマンで定年まで働いた先にあるのが
熟年離婚だなんて、がっかりすぎる。

「貧乏ロハスとはなにが違うのか?」とラジオの打合せで聞かれた。
-貧乏であることはけっして目的ではない。

「高品質高空飛行を目指さないのはなぜか?」とも聞かれた。
-しあわせ効率が低いから。
お金を稼いで、たまの休みに家族とごはんを食べに行って、って、ずいぶん遠回りしているように思えるのです。わたしには。

わたしにとってのしあわせは、
・毎日好きなひとと3食、うまいうまいとごはんをたべること。
・美しいねぇ、と感動できる器や物が身の回りにあること。
・100万人のキャンドルナイトや #skmts のような本質的でおもしろい実験ができる時間的、技術的な余裕があること。
・気になる場所にピューンと飛んでって数週間プラプラできること。
・全国からとびきり美味しいものが届くこと。
・フルタイムで働かなくとも、
こういう高品質な暮らしができる確かなスキルを持ち合わせていること。

だから、貧乏か、ロハスか、なんてことはどうでもよくて、
自分のしあわせな状態に効率的に近づく方法を探している。

たとえば、わたしたちの器コレクション。
全国の窯元を練り歩き、
作家ごひいきのギャラリーに脚を運ぶ。
時間もお金もないとできないこと。
こういうことには、お金をかける。

でも、マイホームを持つためにはお金をかけない。
車も軽で十分。

世の中の広告やふつうには惑わされない。
自分たちのしあわせに素直に近づく。
そのためのお金の配分は徹底的に考える。
そういう生きかたの、暮らしかたの冒険。